医薬品の歴史を振り返ると、かつて毒として知られていた物質が薬として用いられる例が多く存在します。毒と薬は表裏一体であり、適切な量と使用方法で毒性を抑え、治療効果を得ることができます。
ジギタリス

ジギタリスは、西~南ヨーロッパ原産で、古くから毒草として知られていましたが、18世紀にイギリスの医師ウィリアム・ウィザリングによって医療用としての効果が認識されるようになりました。ジギトキシンなどの強心配糖体を含み、過剰摂取で致死的となる一方、心不全や不整脈の治療に強心利尿剤として用いられてきました。
エキセナチド

エキセナチドは、糖尿病治療の一環として開発されたGLP-1受容体作動薬で、毒性を持つアメリカドクトカゲの唾液腺から発見されたexendin-4を基にしています。exendin-4は、GLP-1と似た働きをし、インスリン分泌促進、胃排泄運動抑制、グルコース産生抑制により血糖値を低下させます。また、DPP-4による分解を受けにくく、体内で長時間作用するため、2型糖尿病患者に有用な治療薬です。2005年に初めて治療薬として承認され、現在でもGLP-1受容体作動薬の先駆けとして広く使用されています。
シクロフォスファミド

シクロフォスファミドは、マスタードガスから派生した抗がん剤です。マスタードガスは第一次世界大戦でドイツ軍により毒ガスとして実際に使用されました。このマスタードガスの構造を元にナイトロジェンマスタードが発見され、悪性リンパ腫の患者に投与されたのが世界初の抗がん剤です。さらにナイトロジェンマスタードの構造に少し変化を加えて副作用を軽減した物質として、シクロホスファミドがドイツで開発され、現在に至っています。
「毒」と「薬」の境界は曖昧であり、用法・用量次第で毒が治療薬に変わることがわかります。スイスの医師パラケルススは「すべてのものは毒であり、毒でないものはない。用量だけが毒でないことを決める」と述べました。この性質を理解し、患者に正しい情報を提供することが薬剤師に求められる役割です。